情報確認日:2026年9月13日
抗菌薬の処方を確認するとき、「腎機能と投与量は見たけれど、その先をどう評価すればよいか」と迷うことはありませんか。
この記事では、ASTに初めて関わる薬剤師や病棟薬剤師に向けて、感染症の状況を把握する→投与設計を確認する→治療を見直す→提案後の経過を追うという順番で整理します。最後に、架空の記載例と記録テンプレートを掲載します。
対象は、主に成人入院患者の細菌感染症治療です。小児・妊婦・高度免疫不全患者、特殊な感染症、手術部位感染の予防投与などの詳細は扱いません。実際の診療では、患者ごとの評価と疾患別ガイドライン、施設の手順を優先してください。
保存・印刷用の資料は、記事後半の「AST実務チェックリスト」から確認できます。
ASTは「抗菌薬を減らすためだけ」のチームではない
ASTは、抗菌薬適正使用支援チーム(antimicrobial stewardship team)のことです。医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師などが連携し、感染症治療の開始から終了まで、抗菌薬の使い方を支援します。[1]
必要な治療を確保しながら、不必要な投与や副作用のリスクを減らすことが重要です。「広域抗菌薬だから変更する」「減量できればよい」とは限りません。[1,2]
以下は、日々の症例レビューで情報を整理するための一案です。AST全体の組織運営や活動指標を網羅したものではありません。
抗菌薬開始時は、処方より先に「何を治療しているか」を確認する
最初に整理したいのは、薬剤名だけではなく、感染部位・重症度・原因微生物の見込み・患者背景です。初期治療の評価には、過去の培養結果、最近の抗菌薬使用、施設の耐性菌の状況も関係します。[3,5]
| 確認する情報 | 記録するときの問い |
|---|---|
| 治療目的・感染部位 | 何の感染症を疑って開始したか。診断が確定しているのか、疑いの段階なのか |
| 重症度・臨床経過 | 循環・呼吸状態、意識、症状はどうか。開始前と比べて悪化していないか |
| 培養・微生物検査 | どの部位から、いつ採取したか。抗菌薬投与前か後か。結果は速報か、最終報告か |
| 耐性菌のリスク | 過去に検出された菌と感受性、最近の抗菌薬使用、施設のアンチバイオグラムはどうか |
| 患者背景 | 免疫抑制、腎・肝機能、体重、併用薬など、治療に影響する条件は何か |
| アレルギー歴 | 原因薬、症状、発現時期は確認できているか。「アレルギーあり」だけになっていないか |
上表は参考資料[3,5]を踏まえた情報整理例です。アンチバイオグラムは、施設などの単位で菌種別の薬剤感受性を集計した資料です。
情報がない項目は、推測で埋めずに「未確認」と残します。例えば、診療録に「感染症疑い」としか書かれていなければ、まず主治医に想定する感染部位や開始理由を確認する、という使い方です。
培養採取のために必要な初期治療を遅らせない
必要な培養は、可能であれば抗菌薬の開始前に採取します。ただし、敗血症性ショックなど緊急性の高い状況で、採取や結果判明を待つために必要な抗菌薬投与を遅らせてはいけません。検査と治療を並行して進めます。[3,4]
また、感染源の除去やドレナージなどの感染巣コントロールが必要かも確認します。抗菌薬の変更だけで解決しようとせず、感染巣への処置が検討・実施されているかを主治医と共有します。[4]
投与設計は、用量だけでなく「実際の投与」とセットで確認する
薬剤師の確認は、処方箋上の1日量を照合するだけではありません。患者の状態に応じた用量・間隔、投与経路、相互作用、安全性を評価し、処方どおりに治療を実施できているかも確認します。[3]
| 確認する項目 | 見落としを防ぐ視点 |
|---|---|
| 用量・投与間隔 | 感染症、体重、腎・肝機能に対して妥当か。状態が変化した後も初回の設定が続いていないか |
| 投与経路・実施状況 | 予定した経路で投与できているか。未投与や中断、投与時刻のずれはないか |
| 併用薬・安全性 | 相互作用や有害事象を確認し、使用薬と患者背景に応じた監視項目を決めているか |
| TDM | 測定が必要な薬剤か。実際の投与量・投与時刻・採血時刻を確認できるか |
上表は参考資料[3,6]を踏まえた確認例です。具体的な用法・用量は、最新の国内添付文書と関連ガイドラインを照合してください。
添付文書・ガイドライン・原著論文の使い分けや、医療情報を調べる基本的な流れは「薬剤師の医療情報検索|添付文書・ガイドライン・原著論文をどう使い分ける?」で解説しています。
TDMは、測定値だけを見て終わらせない
TDM(治療薬物モニタリング)は、薬物血中濃度などを基に投与設計を見直すものです。測定値の解釈には、採血のタイミングや、それまでの実際の投与歴が必要です。[6]
例えば、静注バンコマイシンでは、国内のTDMガイドラインはAUCに基づく評価を推奨しています。AUCは、一定時間の薬物曝露量を表す指標です。腎機能や循環動態が不安定な場合は血中濃度の予測が難しいため、初回の評価だけで終わらせないことが重要です。[6]
本記事では、採血時点や目標値を全患者共通の数値として示しません。対象薬、病態、使用する解析方法に応じて確認してください。
開始後48〜72時間を目安に、抗菌薬治療を見直す
国内のASPガイダンスでは、開始後48〜72時間の臨床経過や検査結果を基に、抗菌薬の必要性、選択、用法・用量、期間などを再評価する「抗微生物薬タイムアウト」が説明されています。[1]
これは「48時間たつまで介入しない」という意味ではありません。 不適切な投与や新しい検査結果を把握した場合は、その時点で評価します。タイムアウトは、ASTによる継続的なレビューの代わりではなく、見直しの機会の一つです。[1]
続ける必要があるか、治療対象は合っているか
培養で菌が検出されたときは、臨床症状や検体の情報と合わせて、感染症の原因菌なのか、定着などを反映しているのかを評価します。「菌が出た」という情報だけで、治療対象を増やすわけではありません。[5]
一方、培養陰性でも、陰性という理由だけで機械的に中止せず、臨床経過や診断を再評価します。細菌感染症を支持する情報が乏しくなれば、中止を含めて相談します。[3,4]
必要な範囲へ薬剤を絞れるか
原因菌と感受性が判明したら、不要になった併用薬を終了できないか、より狭い抗菌スペクトルの薬剤へ変更できないかを検討します。これがデエスカレーションの考え方です。[4]
ただし、感受性検査で「S」だから、その薬が最適とは限りません。 感染部位、臨床状態、耐性機序、薬剤の安全性なども踏まえて選択します。逆に現在の治療で必要な菌をカバーできていなければ、有効な治療への変更を優先します。[5]
経口薬への変更と、治療終了の見通しを考える
経口薬への変更では、臨床状態の改善、消化管からの吸収、使用できる薬剤の有効性、相互作用、服薬を続けられるかなどを確認します。「食事を取れている」だけで判断しません。菌血症、心内膜炎、髄膜炎、未ドレナージ膿瘍などは、病態に応じた特別な評価が必要です。[8]
治療期間は、感染症ごとの根拠と患者の経過に合わせて決めます。CRPなど一つの炎症所見だけを終了条件にせず、予定期間、期間を数える起点、延長が必要となる条件を整理します。[1,5,7]
終了日をまだ決められない場合も、「次に何を確認して判断するか」と「再評価日」を記録する形にします。退院後も治療を続ける場合は、残りの期間とフォロー先を引き継ぎます。[3]
主治医への提案は「事実・未確認・評価・提案・次の確認」に分ける
ここでは、情報を一度整理してから相談するための型を示します。以下は教育用の架空例であり、実際の患者や筆者の介入実績ではありません。 薬剤名・用量を決定するための症例問題ではなく、提案の組み立て方の例です。
架空例:腎盂腎炎を疑って広域抗菌薬を開始した患者
成人入院患者に広域抗菌薬が開始され、開始3日目に尿・血液培養から大腸菌が検出され、感受性が判明しました。循環状態と尿路症状は改善しています。腎機能は入院時から変化していますが、尿路閉塞や膿瘍について、どこまで評価済みかは薬剤師がまだ確認できていない、という設定です。
確認できた事実:尿・血液培養の大腸菌について感受性が判明し、循環状態と尿路症状は改善しています。
未確認情報:尿路閉塞や膿瘍の評価状況、ほかの感染巣を想定しているかを確認したいです。
評価:現在の広域抗菌薬を継続する必要性と、原因菌に治療を絞れるかを見直す段階と考えます。
提案:感染巣の評価状況を共有いただき、有効性・安全性を確保できる狭域薬への変更を相談したいです。候補薬の用法・用量は、現在の腎機能などから確認します。
次の確認:方針決定後は、実際の処方・投与内容を確認し、翌日を目安に症状、腎機能、有害事象を再評価します。悪化時は予定を待たずに対応します。
この例のポイントは、「変更してください」と結論だけを伝えず、変更を考える根拠と、まだ判断に必要な情報を分けることです。
実際に相談するときは、候補薬と用法・用量、根拠、代替案まで整理します。提案が保留になった場合も、継続理由と次の確認事項を記録すれば、その後のレビューにつなげられます。
AST・病棟で使う記録テンプレート
以下は、この記事用に作成した情報整理のひな型です。学会の公式様式や、妥当性が検証された判定ツールではありません。 施設の記録方式に合わせて、不要な欄は減らして使用してください。
【治療対象】感染症名/疑いの部位/開始理由 【開始・経過】開始日時/現在の治療段階/症状と重症度の変化 【検査】検体・採取日時/投与前後/菌・感受性/未確定結果 【感染巣】感染巣コントロールの評価・実施状況 【患者背景】体重/腎・肝機能/アレルギー/併用薬 【投与内容】薬剤/用量・間隔/経路/実投与/TDM 【評価】効果/安全性/現在の懸念点 【未確認】追加で必要な情報と確認先 【提案】継続・中止/薬剤変更/用量変更/経口化/期間 【根拠】参照した資料と患者への当てはまり 【決定・実施】採用・保留の理由/実際に行った変更 【フォロー】次の確認日/確認項目/悪化時の対応
すべてを毎日長文で書く必要はありません。初回に整理した情報を土台に、その後は変化した事実と判断を更新する使い方を想定しています。
実患者の情報は、所属施設が許可する環境で管理してください。個人のクラウドやブログへ、患者を特定できる記録を転記しないでください。
保存・印刷用|AST実務チェックリスト
この記事で紹介した確認項目を、抗菌薬開始から見直し・提案・フォローまで1枚で確認できるチェックリストにまとめました。
症例レビュー時の情報整理用として、所属施設の運用に合わせて調整して使用してください。
※本資料は当ブログ作成の情報整理用ひな型であり、学会・公的機関の公式様式ではありません。実際の診療では、最新の添付文書・ガイドライン・所属施設の手順を優先してください。

まとめ:情報を集めた後の「判断とフォロー」までつなげる
ASTや病棟での抗菌薬レビューでは、「何を治療しているか」を確認したうえで、投与設計、治療の見直し、提案後の経過確認へ進みます。
まずは1症例について、確認できた事実・未確認情報・提案・次の確認事項を分けて書くところから始めてみてください。薬剤を変更しない結論でも、継続理由と再評価の予定を明確に残すことを目指します。
感染症領域の学習や資格取得については、抗菌化学療法認定薬剤師とは?業務・取得要件・取得した経験を解説も参照してください。
抗菌薬の学習で読んでよかった本
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抗菌薬や細菌の知識を補いたい方に向けて、私が読んでよかったと感じた3冊を紹介します。以下の構成・収録内容は、出版社の目次や書籍案内を基に整理しています。
3冊すべてをそろえる必要はありません。学びたいことと目次を照らし合わせて選んでください。
細菌・抗菌薬・感染症を関連づけて学ぶ:『まとめ抗菌薬』
『まとめ抗菌薬 表とリストで一覧・比較できる、特徴と使い方』は、感染症診療の原則、主要な細菌、抗菌薬の使い方、感染症ごとの考え方を扱う構成です。
この記事のチェック項目を読んで「何を確認するかは分かったが、菌や薬剤の基礎知識も整理したい」と感じたときの学習候補です。
診療の流れと薬剤選択を学ぶ:『レジデントのための これだけ抗菌薬』
患者背景・感染臓器・原因微生物を整理し、薬剤選択と治療経過の評価へつなげる流れに加え、抗菌薬・抗真菌薬・抗ウイルス薬を扱っています。
薬剤ごとの知識だけでなく、感染症治療をどう組み立てるかも学びたい場合の候補です。『まとめ抗菌薬』とは扱う基礎領域が重なるため、まずは目次や公開サンプルを比べて選ぶ方法もあります。
解説と一覧表を組み合わせて学ぶ:『抗菌薬BOOK&MAP』
抗菌薬治療の解説書と、大小2枚の一覧表を組み合わせた書籍です。大きいMAPには菌別の薬剤選択や用法・用量など、小さいMAPには腎機能別の投与情報がまとめられています。
文章で学ぶ内容を一覧表でも整理したい場合の候補です。2022年刊のため、収録された用量や治療情報をそのまま現在の患者へ適用せず、最新資料と照合してください。
MAPのPDFは1冊につき1ライセンスで、ライセンス使用済みの中古本では利用できないと出版社が案内しています。購入時は、付属MAPの有無とPDFの利用条件も確認してください。
ここで紹介した本は追加学習の選択肢であり、記事本文の医学的な説明に用いた参考資料とは分けています。いずれも、実際の処方評価では最新の添付文書・ガイドライン・出版社の正誤情報を併せて確認してください。
参考資料・この記事の位置づけ
国内のASPガイダンスを軸に、公的機関・学会の資料を参照しました。確認表の並び方、提案の型、架空例は本記事のために構成したものです。
海外の資料は一般的な評価の考え方を補うために用いており、日本での承認用法・用量や施設の運用を示すものではありません。また、推奨の根拠の確実性は項目ごとに異なります。例えば、SSC 2026のデエスカレーションに関する推奨でも、エビデンスの確実性は「非常に低い」とされています。推奨されていることと、強固な比較試験で効果が確定していることは区別が必要です。[4,5]
- 8学会合同抗微生物薬適正使用推進検討委員会.抗微生物薬適正使用支援プログラム実践のためのガイダンス 2024年度改訂版.日本化学療法学会雑誌.2025;73(2):95–156.本文:各論2「介入」、各論6「最適治療」。PDF
- CDC.Core Elements of Hospital Antibiotic Stewardship Programs.病院における抗菌薬適正使用支援の基本的枠組み。
- UK Health Security Agency.Start smart then focus: antimicrobial stewardship toolkit for inpatient care settings.2023年9月12日更新。主にAssess、Investigate、Document、Pharmacistsの項。
- SCCM/ESICM.Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2026.Blood culture、Antibiotic initiation、Source control、Antimicrobial therapyの項。
- IDSA.2026 Guidance on the Treatment of Antimicrobial Resistant Gram-Negative Infections.General Management Suggestions、Empiric Therapy、Duration of Therapy and Transitioning to Oral Therapyの項。米国の診療を対象とする資料。
- 日本化学療法学会・日本TDM学会.抗菌薬TDM臨床実践ガイドライン2022(Executive summary).日本化学療法学会雑誌.2022;70(1):1–72.主にバンコマイシンCQ1–3。PDF
- SHEA/IDSA.Clinical Practice Guidelines for Implementing an Antibiotic Stewardship Program.2016.主にOptimization、治療期間に関する推奨。
- UK Health Security Agency.National antimicrobial intravenous-to-oral switch criteria for prompt switch for adults.2024年10月25日更新。成人の経口切り替えに関する英国の合意基準。


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